父の日×夏至
今年の父の日は21日で、夏至や大安や寅の日などが重なる縁起の良い日でしたね。
お父さんに感謝の気持ちを伝えたりギフトを送った方もいれば、夏至をきっかけに新しいことを始めるぞ!と決意表明した方もいたことと思います。
私はというとお隣の松戸市にある「京成ドッグラン松戸」にちくわ🐶と遊びに行ってました♬周りは梨園だらけの自然が多いエリアで、ドッグランも日本最大級と言われるだけあって小型犬エリアだけでも敷地がでかい!!大型犬の遊びっぷりが豪快!!そんなこんなで久しぶりのドッグランにちくわ君もいつもに増してクン活やらわんコミュニケーションを楽しんでました(*’▽’)
(これ以降は一転して少々重い内容ですが、よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いです。)
そんなわけで、父の日向けの焼き菓子を自販機に納品した以外にこれと言って父の日らしいことは特にせず…というかできないというのが正解でして、父がいなくなって今年の9月でちょうど20年になります。20年って割と長い歳月ですよね。でもその7割が仕事と子育ての毎日だったからか過ぎてしまえばあっという間に感じてしまうのが不思議です。そりゃ半年や1年は経つのが早いはず。
20年前の私は今のお菓子屋さんとは全く異なる夢をもっていたのですが、父が亡くなったことで個人事業主として営んでいた保険代理店を継ぐ道を歩む形となりました。保険の募集人になるためには一般保険資格を取得していないといけないのですが、どういうわけか高校生の時に取らされていたらしく(よく覚えていないんですけど(;´∀`))亡き父の陰謀のおかげで店主変更の手続きは意外とスムーズでした。一方保険販売は2世であってもすいすいと契約が取れてたとは言えず、20年経った今でも四苦八苦してるんですけど💦結果的に、その時に抱いていた夢は諦めざるを得なかったのですが9年前に関東に越してきたことで始められるきっかけが生まれ、趣味としてやり続け早5年が経ちます♪
そしてもうひとつ。父の日で忘れられないのが『兄の死』です。
ちょうど関東生活を始めた9年前の6月17日の夜、母からの電話に耳を疑いました。
「今日、義雄(仮名)が交通事故で亡くなってんで。」
「えっ、どういうことなん…?」
”頭の中が一瞬真っ白になって、それと同時に心が暗雲に満ちていく”そんな感覚を今でもはっきり覚えています。
父の時は余命宣告を受けていて死期が分かっていたので、だから悲しくないわけではなかったのですがお互いそれなりに覚悟ができていて、一緒に居れる限られた時間をどう過ごそうかと考える間(ま)がありました。また何より父が遺される家族のために冷静に身辺整理をしてくれていたことは本当にありがたかったと感じます。ただ、どんな思いで終活をしていたんだろうと考えると今でも胸が痞えますが…。
かたや急逝した兄は180度異なるケース。しかも自損事故ではなく対向車と正面衝突してお互いが即死でネットニュースでも報道される大事故でした。不幸中の幸いは兄の車の助手席に乗っていた方が大けがを負いながらも一命を取り留めたこと。それ以外は後片付けをする母と私にとって「おいおい、いい加減にしろ!!」と言ってやりたい事や気持ちが塞ぐことばかりでした。。。
保険の仕事をしているとお客様が亡くなったという連絡はさほど珍しいことではないのですが、その9割は病気で交通事故や自殺は片手で数えられる程度。そんな中、まさか身内がド派手な交通事故を起こして、しかもとても運転が上手だった兄が加害者だったことが信じられませんでした。お互いのドライブレコーダーは破損して解析不可だったので、事故を目の当たりにした他の車のドライブレコーダーの映像を基に警察からどんな事故状況だったかをトミカを使って教えてもらったのですが、
「映画のスタントシーンやん!!」って思わず突っ込んでました💦

交通事故や不慮の事故で急逝すると生きてる人間はもちろんですが、亡くなった人にとっても現実を受け止められずにいるような気がします。兄の3回忌を過ぎるまでは不思議なくらい毎年長野県を訪れる出来事が計画せずとも起っていました。なので、がんで亡くなった父よりも兄の死は不憫で、同乗者の方や被害者様ならびにそのご家族にも申し訳ない気持ちを数年抱えていました。ですが、自動車保険の賠償手続きが終わった時に被害者のご遺族からあるお言葉を事故担当者を通して頂いたことで一つの区切りをつけることができました。
「憤りの気持ちはあるけれども、そちらも亡くなっているし妹さんがちゃんと対応してくださったのでこれで終わりにしましょう。お手を合わせに来ていただくことはどうぞお控えください。」
とのことでした。
これから書くことはちょっと残酷で、理解できる方はとても限られてしまうかもしれませんが、
母と私は悲しみを抱える一方で実は『兄が死んでくれていてよかった』という解釈も得ていました。それは前述の被害者のご遺族の気持ちを慮ったら…であったり、もし兄だけが生き残っていればきっと兄は”生き地獄”を味わい、母や私は犯罪者の家族として生きていかなければならないというパラレルが現実になっていたからです。また、情けないことに生前の兄はお金にルーズで母からお金を借りることが多々あり、母は自分が亡くなったら私にその火の粉が飛ぶことを危惧していました。そういうことを踏まえると、私たち親子に限っては『いなくなったことで拭える不安があった』ことも事実でした。「ひょっとしたらお父さんが連れて逝ってくれたのかもね~」なんて爆弾発言してたくらいです(-_-;)
ただ、死人は裁けないからと言って決して兄の罪が消えるわけではなく、加害者の遺族としてその罪は抱えながらも被害者の遺族の許しのおかげで今をそしてこれからを生きていけるんだな、本当に感謝だな…としみじみ感じます。

中学生のころから父親に「何になりたいのかではなく”どう生きていきたいのか”を考えなさい」というセリフをよく聞かされていました。でも、15歳前後で何になりたいかを見つけるのも愚か、”どう生きていきたいか”なんて分かるわ訳もなく。。。でも約30年間で沢山の人との出会いや別れ、人生の上り坂・下り坂・まさか!に遭遇しながら生きてきたらさすがにその答えが見出だせてきました。
今年は丙馬の夏至ということで、例年の夏至より太陽のエネルギーがより強かったそうです。父の日と重なったことでそういった過去を振り返り、これからの自分の在り方やどう生きていきたいかを改めて考えました。
父や兄が生きたかったであろう明日を、お役目があって不本意に亡くなっていった”あの子”がもっと描いていきたかったであろう明日を、その人たちの分までこの命がある限り一生懸命生きていきたい。だから、
その想いを胸に毎日をできるだけ心穏やかに、当たり前にあるものに、そして生かされていることに感謝を忘れず、人に喜んでもらえる生き方をしていきたいなと思います。
至ってシンプルなんですけどね、これらをニュートラルに日々を送るのって結構難しかったりします。先月辺りから更年期症状が出てきていて体調がその日によって様々なので…(;’∀’)
これから本格的に暑くなっていくので、皆様熱中症に気を付けて過ごしましょう!!
次からは今までより定期的に、もっとかる~いノリで書いていこうと思います(^_-)-☆最後までお付き合いいただきありがとうございました♡
