母から送られてきたもの(送り付けられたもの) | シェアキッチン クレアシオン

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母から送られてきたもの(送り付けられたもの)

皆様こんにちは!(こんばんは★orおはようございます☀️)

2週間の夏休みも昨日(9月6 日)で終わり。あっという間に9月が来たのだから2週間が過ぎるのなんて新幹線並みですよね🚅この間は工房に行くのは週1回くらいにして、前半の1週間は自宅で保険のコンプラ研修やら事務仕事を片付けてました(;´Д`)そして今週1週間は前半より多めに読書したり、犬とのイチャイチャ時間を満喫したり、ぬか床を作ったり、不要なものをフリマ出品したり…。で、5日は猛暑からも雨からも解放されたお出かけしやすい日だったので、念願の『はさむう』さんの工房直売に足を運んでパンを沢山買ってきました🥐😋バインミーは売り切れていて残念でしたが( ノД`)また行くきっかけができたと思って次の機会を楽しみにしてます♪

さて、今回はポエチャの実母の話です。実家は三重県の名張市というところでして、父が他界してから今年で20年目になりますが母はその間も一度も病気や大きなケガ一つせず、今でも元気に一人暮らしをしています。ただ、母は父より7歳年上なので現在は84歳👵というすっかりおばあちゃん。でも頭も体もめっちゃピンピンしていて、唯一の嗜好品やからとどれだけ値段が上がってもロングピース🚬を今でも1日10本パカパカ吸ってマス(-。-)y-゜゜゜

そんな母が今年の5月に市川市のポエチャ宅まで来て約1か月滞在してました。昔から犬を多頭飼いしてた頃もあるくらいなので小型犬の散歩🐕‍🦺も慣れたもんです。ラインでメッセージや写真を送ったりも今はスムーズにできるようになってます。ラインデビューしたての80歳くらいの時は届くメッセージがいわゆる”怪文書”💧読むというより解読しないといけない感じで(;´・ω・)もう電話して聞いた方が早いわ!!ってこともしばしばだったのですが、いやはやよく頑張ったなと思います笑

昭和17年に岡山県津山市の田舎町で生まれた母は、広島県が近かったこともありB29が空を飛んだら防空壕に避難したとか、原爆のきのこ雲を見たのをぼんやり覚えてるとか、終戦を知らせるラジオを聞いて自分の母親が泣いてたとか、アメリカ軍の兵士さんからチョコレートもらえるのがすごい楽しみやったなどなど、戦後の歴史教科書に綴られてることをリアルに体験しているので、「これって母親から聞く話じゃなくて普通おじいちゃんおばあちゃんから聞く話題やんな…」って思ってました(;´∀`)まぁそんな感じで貧しい環境と家庭で育ったようなので、とにかくハングリー精神と反骨精神が半端ない(;’∀’)ポエチャがワルだったこともありそれはそれはスパルタ母ちゃんでした。。。( ノД`)訳あって両手にやいと(お灸)すえられたこともあります(>_<)

そんな母も今はすっかり温厚なおばあちゃんになり、年金暮らしにも関わらずたまに宅急便で物資を送ってくれます。隣の村で農家さんが作ってくれた伊賀米を送ってくれたり(さすがにこれはお金払ってます笑)、先日はシャインマスカットを4房も送ってきてくれたりと大盤振る舞いに感謝感激だったのですが、とにかくおおざっぱなんです。

この前、「ごはん茶碗の使わないのが余ってたら送ってほしい」と電話したんです。

100均とかで買えるんですけど、あの家には何でもあるやろうから少しでも物を減らさせないとという思いで頼みました。年が年なので本人なりに終活をしてるらしいのですが、でもまだまだ物が多いんですよ。貧しかった幼少期のトラウマなんでしょうか、、、物がなかった時代を生きてるので物に囲まれてる生活が安心するらしく、特に冷蔵庫は一人になってから買い替えたのに3人家族の時と同じサイズで今でもパンパン💦奥には数年前の”何か”が入ってるとか一緒に住んでる頃はしょっちゅうあるあるでした。今でもありそうな気がします…(;´・ω・)

それで茶碗をね、送ってきてくれたんですけどクッション材にって他にも色々箱に詰めてきてたんですよ。

ひとつはこれ↓

昭和感が漂いまくった外履きスリッパ。今でもコーナンとかで売ってるのかもやけど、にしてもこれを自分じゃなくて娘に履かせようとするのはどうかと思うんですよ。目の前のごみ捨て場に履いてくか、ベランダで使うかくらいしか活躍するところがなさそうです、、、

そして二つ目はこちら↓

江戸まくらの上部分!?って思いました😓

そもそも私は低い枕でしか寝れなくて、母もそれはよく知ってるはずなんですよ。それなのになぜこれを…???

率直に理由を聞いたら、単純に使いようがないが故のたらい回しでした。

『最初の持ち主(母の友達の娘さん)→母の友達→母→私』そして、私も使いどころがなくて困っています(;´・ω・)唯一思いついたのが外部出店時のお菓子並べる時の高さ調整にしようかなと。。。もちろんむき出しで使う勇気はないのでクロスかけますけど(苦笑)

他にも青竹の令和版みたいなやつとか、子どものウエイトリフティングで役立ちそうな腰サポーターなど使えるものもあったんですけどね。母が送りつけてきた要らないモノだけでブログを終われなくもないのですが、それでは中身があまりにも薄っぺらいので、以下アフタートークでキレイに(?)締めくくりたいと思います。

80歳で上京してきた時は「ここに来れるのも今回が最後やと思うから」って言ってたんですが、84歳で先日1か月の滞在と目標に掲げてた減量3Kgを果たして飄々と帰っていったのを見て「すごい84歳やんなΣ(・ω・ノ)ノ!」って子どもと言ってました。そして実は11月にまた来ます(笑)

片や父はがんで58歳であっさり亡くなり、一方母は80代半ばまで生きれていて。人の寿命は本当にわからないものだなとしみじみ感じます。また親の亡くなった年齢というのは、近づいてくると誰もが意識すると言います。さすがに58歳までは生きれてると思いますし、まだ生きていたいとも思います。でも、保険の仕事や身内や知人の死を見送る経験を多くしているので「明日突然死ぬかもしれないな」ということをどこかでとても冷静にとらえてる自分が常にいます。

だからと言って死を恐れて生きてはいませんし、母の立場を考えれば母より先には絶対死ねない(;´・ω・)でも84歳まで生きれてる気もしません😅結局いつお迎えがくるかなんて誰もわからなくて(視える人もいるかもしれませんが…)分からないから生きていけるんだろうなと思います。ちょっと視点を変えると私たちが『自分の力で生きてる』と思っているこの世界は実は、この世の創造主みたいなものがRPGゲームをしていて、私たちはそういった存在に操作されているだけなのかもしれないなという気がしなくもないなと、、、。「生かされてる」という言葉もこう見るとなんかしっくりきますよね。

もしそうだとしたら、これはどんなことも楽しんだもん勝ちで、自分は映画やドラマの役者なんだ~°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°それなら人生イージーモードでいこう!!ってなってるのですが皆さんはいかがですか?(*´▽`*)

また、鳥や犬とのお別れエピソードシーンをインスタで見るといつも涙をぼろぼろ流してしまうのですが、ペットは生存年数が予めある程度わかっているので、ハッピーバースデーを喜ぶ半面、一緒に居れる年月が減っていく儚さをどこかで感じたりもします。でもだからこそペットと過ごせる1日1日を大切に、慈しみをもって接したいと切に思います。

なんか、まとめ書いてるうちに脱線したっぽい内容になりましたが😓変なモノ送ってこられても母がまだ一人暮らしができるほど元気でいてくれることは本当にありがたいなという話でした。あ、この締めくくりだけで良かったのかもですね(;´∀`)

お付き合いいただき、ありがとうございました🥰

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